フィレンツェで「ハンニバル…」と思わず呟いてしまった

コラム

僕は、2001年9月にイタリアへ行った。ちょうどあの「9.11テロ」の数日前であった。

ミラノから南へ向かいながら各都市を巡る、9泊10日の周遊ツアーである。参加者のほとんどが夫婦や友人同士だったが、僕は一人での参加だった。まだ貨幣はユーロになる前の「リラ」の時代であった。

ローマ、ベネチア、ナポリなど魅力的な都市が続く中で、ぜひとも訪れたかった街があった。

フィレンツェである。

フィレンツェは、ロシアのサンクトペテルブルクやフランスのストラスブールと並び、「街中が美術館」と称されるほど美しい都市だ。実際に訪れてみると、その表現は決して大げさではなかった。

歴史を感じさせる石造りの建物、統一感のある街並み、洗練された色彩。どこを切り取っても絵になる風景が続いている。

街全体が芸術作品のようだった。

そんな街を歩いているうちに、ふと頭に浮かんだ映画があった。

『ハンニバル』である。

公開されたばかりの頃に観た作品だったが、強烈な印象が残っていた。あの映画の舞台の一つがフィレンツェだったのである。

美しい街並みの中で繰り広げられる猟奇的な物語。

優雅なルネサンス文化の香りと、レクター博士の残酷な世界観。

そのギャップはあまりにも強烈で、映画を観た人なら少なからず衝撃を受けたことだろう。

実際にフィレンツェの街を一人で散策していると、映画のシーンが次々と脳裏によみがえってきた。

そして気が付くと、僕は思わず呟いていた。

「ハンニバル……」

今考えると、観光客で賑わう美しい街中で突然そんな言葉を口にするのは、かなり怪しい人物だったに違いない。

まさに汗顔(かんがん)の至りである。

しかし旅とは面白いものだ。

映画の舞台を実際に訪れることで、スクリーンの向こうにあった世界が急に現実味を帯びてくる。

逆に、旅先の景色が映画の記憶を呼び覚ますこともある。

フィレンツェを思い出すとき、僕の頭の中にはルネサンス芸術の街並みと、『ハンニバル』の不気味な余韻が今でも不思議に共存している。

それもまた、旅の醍醐味なのかもしれない。


編集後記

25年以上前の旅である。それでもフィレンツェの街並みと、思わず漏れた「ハンニバル……」という一言は今でも鮮明に覚えている。人は景色だけでなく、その時の感情や記憶ごと旅を持ち帰るのだろう。だからこそ旅は何年経っても色褪せないのである。

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