ある任侠映画の話である。
正式な後継者の話し合いがなされないまま、組長が急死した。
任侠団体では、通常、若頭がナンバー2であり、組長の後継者となる。しかし、この映画では、組長の古参側近である舎弟頭が後継者に名乗りを上げた。
この舎弟頭が名乗り出なければ、若頭がすんなり後継者となり、話はややこしくならなかったはずである。
やがて組織は、本家若頭サイドと舎弟頭サイドに分裂し、血で血を洗う大抗争へと発展する。
原因は明白である。
組長が生前に、正式な後継者を決めていなかったことだ。
これは、まさにガバナンスの問題である。
組織が大きくなり、利権が絡む場合、性善説だけでは組織は守れない。
「みんな分かってくれているはずだ」
「古参だから空気を読んでくれるはずだ」
「後継者は当然あの人だと皆が思っているはずだ」
こうした“はず”に依存した承継は、非常に危うい。
事業承継においても同じである。
先代が生前に後継者を明確にし、株式・役職・権限・意思決定ルールを整えておかなければ、古参幹部、親族、取引先、金融機関などの思惑が一気に噴き出す。
承継とは、単なる人選ではない。
権力移行をどう設計するかという、ガバナンス設計そのものである。
性善説ではなく、性悪説に立つ。
それは人を疑うという意味ではない。
人間関係が壊れたときにも、組織が壊れないようにするための知恵である。

