震災前の神戸、メリケンパークの潮風

大学生の頃、神戸在住の女性に夢中になっていた時期があった。

小柄な女性だったが、ちょうど若き日の風吹ジュンに似ていた。それと、当時人気があった佐野量子というアイドルにも似ていた。まあ、たいていの男性が気に入るタイプか。一時期はお互いに固定電話に掛け合い、よく会っていた。

当時の僕は、コム・デ・ギャルソンの服が好きで、とにかく格好付けまくっていた。初夏にはよく、ギャルソンの麻のスーツを着ていたものだ。それもこれも今から考えれば、誰よりも可愛い彼女に、少しでも気に入ってもらいたい一心であったといえる。

当時は平成になったばかりで、携帯電話もポケベルもまだ普及していない。連絡のやり取りといえば、お互いの実家の固定電話がすべてだった。相手の家族が出るかもしれない緊張感に耐えながら受話器を握り、あらかじめ決めた日時を頼りに、僕たちは待ち合わせ場所へと向かったものだ。

しかしある時、その待ち合わせの場所と時間でお互いに齟齬があり、会えないことがあった。今のように出先から「今どこ?」と確認する術(すべ)などない時代だ。一度すれ違ってしまった足跡は、そのままなんとなく気まずい距離を生んでしまった。

お互いに若さゆえの意地を張り、家の固定電話のダイヤルを回す勇気が出ないまま、どちらからも連絡をしなくなり、やがて関係は自然消滅した。

以降、何度か彼女の夢を見た。 意地を張って全く連絡しなくなり、完全に疎遠になってからも、やはり僕の心は彼女のことでいっぱいだったのだろう。そもそも、夢というものは人間の潜在意識の発露と言える。だから、やはり夢というものは正直なのだ。

振り返れば、彼女に大阪へ来てもらうこともあったが、僕が神戸まで赴くことの方が多かったように思う。なぜか、いつもメリケンパークのあたりで待ち合わせては、あてもなく歩いた。どこか切なく、どこか心地よい潮風に吹かれながら、他愛のない話をしたあの時間は、今思えばとても贅沢なものだった。

あの平成初期の、震災前の神戸の空気感――。 運ばれてくる潮風の匂いとともに、今でも瞼に焼き付いたままだ。

街並みも、人の関係も、時代とともに移り変わり、二度と同じ姿には戻らない。だからこそ、私たちがかつて生きた時間や、必死に築き上げてきた歴史は尊いのだと思う。

つまらない意地や、対話の不在によって、大切なものが指の隙間からこぼれ落ちてしまうのは、若き日の苦い記憶だけで十分だ。

経営者が命を懸けて守り、育ててきた「会社」という歴史もまた、二度と再現できない大切な足跡である。変わゆく時代の中で、あの美しかった記憶や情熱を、どうやって次の世代へ最高の形で引き継いでいくか。

ノスタルジーを胸に抱きながら、未来の確かな設計図を共に描くこと。それが、今の僕の使命(ワーク)なのかもしれない。

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