匿名士業はなぜ信用されにくいのか 〜違法ではない。しかし私は信用しない〜

コラム

SNSを眺めていると、「行政書士」「税理士」「司法書士」「弁護士」などの国家資格を掲げながらも、氏名や所属が一切明かされていない匿名アカウントを見かけることがある。

もちろん、これは違法ではない。匿名で発信する自由は誰にでもあるし、映画の感想や料理、ペットの写真を投稿して楽しむ分には何の問題もない。私が疑問を呈したいのは、**「国家資格士業としての肩書きを前面に出しながら、専門的な発信を行っているケース」**である。

「誰が言ったか」が命の職業

士業の世界においては、「何を言ったか」と同等、あるいはそれ以上に**「誰が言ったか」**が極めて重要である。

相談者や依頼者が本当に知りたいのは、目の前の発信者が「本当に資格者なのか」「現在登録しているのか」「どのような経歴を持ち、どこで事務所を構えているのか」という点だ。例えば、会社の未来を左右する「事業承継」の相談をする経営者が、「匿名の行政書士」と「実名と事務所を明記している行政書士」のどちらに大切な相談を持ちかけるか。答えは言うまでもない。

信用を支える「確認可能性」

ネット上には、現役の資格者だけでなく、試験合格者、登録前の人、補助者、元資格者、あるいは単なる知識人が混在している。中には経歴を誇張する者や、資格者を騙る無資格者が存在しないとも言い切れない。

氏名も登録情報も示されなければ、第三者にはそれを確認する術がないのである。

信用とは、「私を信じてください」と言われて成立するものではなく、**客観的な「確認可能性(ベリファイアビリティ)」**によって支えられるものだ。国家資格という公的な看板の威光を借りながら、自らその確認可能性を放棄しているのであれば、私はその発信を専門家の意見として受け取ることはできない。

リスクを引き受ける覚悟

「実名発信は、誹謗中傷や炎上のリスクがあるから匿名にしている」という反論もあるだろう。その防衛心理自体は理解できる。

しかし、士業としての信用やビジネス上のメリットを得たいのであれば、そのリスクも含めて引き受ける覚悟が必要ではないだろうか。信用とは、匿名の陰に隠れて得られるものではなく、自ら看板を掲げて矢面に立つからこそ生まれるものだからだ。

違法ではない。しかし、私は依頼しない

繰り返すが、私は匿名士業を違法だと糾弾したいわけではないし、彼ら全員が無資格者だと言いたいわけでもない。ただ、「私は絶対に依頼しないし、顧客を紹介することもない」、それだけである。一人の依頼者の目線に立ったとき、氏名・所属・経歴・連絡先がオープンになっている人を選ぶのは、好き嫌いではなく当然の「信用判断」だ。

匿名で将棋や映画、政治を論じるのは個人の自由である。しかし、国家資格士業を名乗ってビジネスの地平で発信をするならば、まずは自分が何者なのかを正々堂々と示してほしい。

信用できない相手に、自分や顧客の大切な案件を任せることはない。それが、一人の事業承継士としての率直な意見である。

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