SNSを開くと、ときおり目に入ってくる他者への批判やマウント。どこかトゲトゲした空気感に「見たくないな」と思いつつも、ついついスクロールを止めて見入ってしまう自分がいる。
争いごとは苦手な性質(たち)だが、どうやら人間観察は嫌いではないようだ。画面の向こうで繰り広げられる抜き差しならない応酬や、感情がぶつかり合う修羅場を、どこか映画のワンシーンを眺めるような、一歩引いた客観的な視点で見つめている自分がいる。
「天に唾をかけると自分に返ってくる」とはよく言ったものだが、ネット上での不用意な舌禍も、きっと巡り巡って自分自身に還っていくのではないだろうか。誰かを傷つける言葉を発して、その瞬間はすっとした気がしたとしても、心には影が残り、発した負のエネルギーはどこかで自分を縛ることになる。
誰かを強く憎んだり、怒りの感情を燃やし続けたりすることは、実は相手以上に、自分自身の心と体をすり減らしてしまう。心がささくれ立つと、体もこわばり、本来持っている健やかさや免疫力まで下がってしまうかもしれない。健やかな笑顔が人を魅力的にするように、私たちの体と心は、驚くほど密接につながっている。
「顔や表情には人柄が出る」と言われるが、対面でのコミュニケーションが少なくなった令和の今は、SNSに綴る「文面」にこそ、その人のあり方が映し出される。
トゲのある言葉や、誰かを見下すような振る舞いは、もしかしたら「もっと自分を認めてほしい」という、心の渇きや寂しさの裏返しなのかもしれない。
心が穏やかで、満ち足りていれば、わざわざ誰かを傷つける言葉を選ぶ必要はなくなる。他者に向ける言葉を、そのまま「自分を大切にするための言葉」に変えていく。そんな心の安寧を、いつでも胸に携えていたいものである。

