今回のコラムでは、北野武監督のバイオレンス映画の金字塔『アウトレイジ』シリーズの中から、私が個人的にどうしても繰り返し観てしまう「大好きな名シーン」について熱く語りたい。
つい先日も、この名場面を絶妙なクオリティで再現したオマージュ動画を観る機会があり、改めてそのセリフ回しの妙と、張り詰めた緊張感の中に潜むシュールなユーモアに痺れてしまった。
私のお気に入りは、ズバリ「ぼったくりバーの因果応報シーン」である。
圧倒的なリアリティと、一瞬でひっくり返る権力構造
物語のきっかけは、あるぼったくりバー。店員たちがカタギのサラリーマンをハメて、安い酒しか出していないにもかかわらず「60万円」という不当な高額請求をふっかけるところから始まる。
ここで登場するのが、塚本高史扮するぼったくりバーの若いヤクザである。最初は凄んで威勢良かったが、男が「近くの事務所に来てくれれば払う」と涼しい顔で提案すると、「しめしめ、カモからきっちり回収してやる」と息巻いてついていくわけだが……案内された先は、なんと本物のヤクザの事務所。
この「カモだと思っていた相手が、実は自分たちより遥かに獰猛な本物の捕食者だった」と気づいた瞬間の、空気の凍りつき方が本当に見事なのだ。
映画史に残る、理不尽で最高なパワーワード
事務所に足を踏み入れ、ソファにどっしりと腰掛けた男から「100万円だったか」と、ふてぶてしく現金を放り投げるように差し出された瞬間、店員の立場は完全に逆転する。
この男こそが、大友組の、そして椎名桔平扮する池元組系大友組若頭水野である。本家(山王会)からすれば大友組はさらに下の組織にあたるわけだが、本家からすれば孫組織の若頭でこの貫禄とオーラ、そして尋常ではない凄みには圧倒されるほかあらない。
完全に戦意を喪失し、青ざめた塚本高史扮する若いヤクザのトーンダウンぶりもなかなかの名演技である。引きつった笑みを浮かべながら、必死にこう言う。
「いえ、結構です……。池元組だって知らなかったもんで……」
そこからの北野映画特有の「理不尽な畳みかけ」こそが真骨頂だ。
「結構ですって何だよ。池元組だったらタダなのかコノヤロー!」 「持って帰れって言ってんだよ!」
この、「金を払うと言っているのに、受け取らないとブチギレられる」という強烈な不条理。ぼったくりという悪事を働いていた者が、それ以上の圧倒的な暴力と理不尽さによって完膚なきまでに叩きのめされるカタルシスと、どこかクスッと笑えてしまうシュールな喜劇性が同居している、屈指の名場面である。
“型”がもたらす美学と、早すぎる退場への惜別
それにしても、椎名桔平格好良過ぎる。画面から漂うあの危うい色気と凄みは、役を演じているというより、地のままというべきか、妙に馴染んでいるように見えたのであった。
ビジネスでも何でも、中途半端な仕掛けや小細工は、より上位の「本物のアーキテクチャ(構造)」にあっさりと飲み込まれてしまうもの。このシーンを観るたびに、そんな「全体最適とパワーバランス」の恐ろしさを、極上のエンターテインメントとして再確認させられる。
ちなみに、映画「アウトレイジ」は全三作なのだが、椎名桔平扮する水野若頭はこの作で死亡する。個人的に好きなキャラクターだっただけに、水野若頭の早期の退場は非常に残念でならない。もし彼が生き残っていたら、その後の組織図はどう変わっていたのだろうか……そんなIFの世界線すら妄想してしまう。
さて、あなたにとっての『アウトレイジ』、あるいは北野映画のベストシーンはどこだろうか?

