高度専門資格は更新制にして、国会議員は定年制が良いのでは?

コラム

-アップデートと世代交代のススメ-

「私は高度専門資格を持っている。」

「私は何十年も国会議員を務めてきた。」

その肩書や実績は、積み重ねてきた努力の証である。

しかし、その実績だけで、明日の信頼まで保証されるわけではない。

なお、本稿では、国家資格・民間資格を問わず、高度な専門知識と継続的な研鑽が求められる資格を総称して「高度専門資格」と呼ぶ。

社会は毎日変化している。

法律は改正される。

AIは仕事や暮らしを変える。

経済も国際情勢も価値観も変わり続ける。

変化が止まらない時代に、人だけが止まったままでいられるはずがない。

だから私は思う。

高度専門資格は終身資格ではなく、更新制でもよいのではないか。

例えば、三年ごとの更新である。

毎回難しい試験を課す必要はない。

法改正への対応、継続研修、倫理教育、AIなど新技術への理解など、専門家として学び続けていることを確認できれば十分である。

更新とは、資格を奪う制度ではない。

社会から預かった専門性と信頼を磨き続けるための制度である。

ちなみに、私が保有している「事業承継士®」資格は三年ごとの更新制である。

期間内に所定の研修ポイントを取得しなければ資格は失効する。

それなりの緊張感はある。

しかし、その緊張感があるからこそ、学び続ける姿勢が保たれる。

「資格を持っている」のではなく、「資格にふさわしい専門性を維持している」という意識が自然と生まれる。

私は、この制度は非常に合理的だと思っている。

一方で、政治には別の課題がある。

それは、世代交代の仕組みが極めて弱いことである。

経験は大切である。

しかし、その経験は未来を育てるために使われてこそ価値がある。

いつまでも既得権益に守られた老ボスが居座り続ける組織は、新陳代謝という点から見ても決して健全とは言えないだろう。

若い世代が育っても、活躍する席が空かなければ、組織は静かに活力を失っていく。

考えてみれば、スポーツの世界では現役選手でいられる期間は極めて短い。

どれほど優秀な選手であっても、永遠に第一線で活躍し続けることはできない。

だからこそ、引退し、指導者となり、次の世代を育てる。

その循環があるから競技全体が強くなるのである。

政治の世界も、多少はこれに倣ってはどうであろうか。

一定の年齢で第一線を退き、経験を後進へ託す制度があってもよい。

定年制は経験を否定するものではない。

経験を未来へ生かすための仕組みなのである。

更新とは、自らを変え続ける勇気である。

定年とは、未来を信じて席を譲る勇気である。

どちらも失うためではない。

未来への投資なのである。

私が事業承継を学び続ける理由も、そこにある。

事業承継とは、株式や財産、代表者という肩書を引き継ぐ手続きではない。

未来へ価値をつなぐ設計である。

だから本当に承継すべきものは、資格でも、地位でも、権力でもない。

学び続ける姿勢と、未来へ託す覚悟である。

もし、高度専門資格を取得した日が学びの終わりになっているなら。

もし、政治家になった日が世代交代の終わりになっているなら。

誰かが静かにこう告げる日が来るかもしれない。

「あなた個人ではありません。あなたの、その制度は、もう時代に合わなくなっていますよ。」

制度は、人を守るためにある。

しかし、制度そのものも、時代に合わせて更新されなければならない。

高度専門資格は更新する。

リーダーは世代交代する。

その二つが当たり前になる社会は、きっと今よりも強く、しなやかな社会になる。

私は、そのような未来を見てみたいと思っている。

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