昨今、SNSなどで難関国家資格試験の受験生を見てきて感じることがある。それは、本当に努力している人ほど言い訳をしないということである。
もちろん、誰しも不安はある。仕事が忙しい、家庭の事情がある、年齢的なハンディがある。そうした事情は現実として存在する。しかし、その現実を「だからできない」と語る人と、「その条件の中で何ができるか」を考える人とでは、最終的な結果に大きな差が生まれる。
そして、一つだけはっきり言えることがある。言い訳しても解決策にはならない。言い訳を積み重ねても、試験範囲が狭くなることも、試験日が延期されることもない。現状を変える方法は、勉強することしかないのである。
言い訳は努力不足を正当化する装置
「今年は仕事が忙しかった。」 「教材が自分に合わなかった。」 「試験制度が悪い。」 「運がなかった。」
確かに、それらは一部事実かもしれない。しかし、難関国家資格試験は、全受験生が同じルール、同じ条件で受験する。だからこそ、合否を分ける最大の要因は、自分が積み重ねた学習量と学習の質である。
努力が十分でない人ほど、自尊心を守るために外部要因へ原因を求めやすい。心理学では、これを「自己奉仕バイアス(Self-serving Bias)」という。
行政書士試験は決して甘くない
法律職国家資格試験の登竜門ともいわれる行政書士試験。過去20年間の平均合格率は、およそ10%で推移している。つまり、100人受験すれば約90人が不合格になる試験なのである。決して甘い試験ではない。「行政書士だから簡単。」そう考えて受験すると、その現実とのギャップに苦しむことになる。
かつて旧司法試験時代には、「司法試験は寝食を忘れるくらい勉強しなければ合格できない」という言葉を耳にしたことがある。もちろん、行政書士試験は旧司法試験ほどの難易度ではない。しかし、それは「合格しやすい」という意味では決してない。難関国家資格には、それぞれ異なる難しさが存在するのである。
「努力の可視化」をしたがる受験生
近年、気になる現象がある。それは、「難関国家資格試験受験生YouTuber」あるいはSNSで毎日の勉強時間を発信し続ける受験生の存在である。もちろん、すべてを否定するつもりはない。記録として残したり、仲間と励まし合ったりする効果もあるだろう。
しかし、一つ問いかけたい。なぜ「努力の可視化」をしたがるのだろうか。本来、努力とは他人に見せるものではなく、自分の未来のために積み重ねるものである。SNSで勉強時間を投稿することによって満足感を得てしまい、肝心の学習がおろそかになるのであれば本末転倒である。
極端な言い方かもしれないが、SNSに投稿している暇があったら、その時間勉強したほうが効率的という場面は決して少なくない。そして、もっと言えば、発信は合格してからでも遅くない。さらに慎重を期するなら、士業登録を済ませてから発信しても十分遅くはない。受験生として語るより、資格者として語るほうが、言葉の重みも説得力もまったく違ってくる。
苦行になった時点で見見直すべき
受験勉強を「苦行」「修行」「我慢大会」のように語る人がいる。もちろん、勉強は楽なものではない。しかし、試験勉強を苦行扱いしている時点で、その資格への適性を一度考えてみてもいいのかもしれない。
法律を学ぶことが嫌で仕方ない。毎日参考書を開くことが苦痛でしかない。その状態で何年も続けることは、自分自身を消耗させるだけになりかねない。もし嫌々勉強しているのであれば、一旦、休止するという選択肢も決して悪いことではない。距離を置いて初めて、「やはりこの資格を取りたい」と思えることもある。逆に、「別の道の方が自分には向いている」と気付くこともある。
適性と才能は別問題
何年も合格できない人を見ると、「あの人は地頭が悪い」などと言う人がいる。しかし、それは短絡的である。なかなか合格できないからといって、その人の地頭に問題があるとは言い切れない。要は、適性の問題なのである。
努力の方向性、勉強方法、理解の仕方、生活スタイル、仕事との両立。人によって最適解は違う。だからこそ、自分に合った勉強法を見つけることが重要なのである。
運は努力した人に味方する
「一発合格には運も必要だ。」これは否定しない。実際、出題との相性や得意分野への偏りなど、運の要素は存在する。しかし、その運は待っているだけでは訪れない。
運を引き寄せるには勢いが必要である。その勢いとは、継続した学習、知識の積み重ね、理解の深化、そして本試験直前まで諦めない姿勢である。努力を積み重ねた人だけが、「運」を味方につける資格を得るのである。
おわりに
難関国家資格試験とは、自分との戦いである。他人と比較する必要はない。
試験制度を責める前に、自分の勉強方法を見直す。教材を責める前に、自分の理解度を振り返る。環境を嘆く前に、今日の一時間を積み重ねる。
言い訳を減らした分だけ、努力は増える。努力が増えた分だけ、合格へ近づく。そして、本当に努力している人は、必要以上に自分の努力を語らない。結果で語るからである。
成功する人は、環境ではなく行動を変える。言い訳では未来は変わらない。未来を変えるのは、今日机に向かった、その一時間である。

