「ベイベ・オ・ベイベ♪い・け・な・い・ルージュマ〜ジック♪」

コラム

1982年の春、日本のポップス史に文字通り「激震」が走った。RCサクセションの忌野清志郎と、YMOの坂本龍一。本来交わるはずのなかったロックとテクノのカリスマ二人が電撃合流し、リリースしたシングル『い・け・な・いルージュマジック』である。資生堂の春の化粧品キャンペーンソングとして連日お茶の間に流れたこの曲は、単なるヒット曲という枠を遥かに超え、当時の若者文化と視覚表現に決定的なパラダイムシフトをもたらした。

何より日本中を震撼させたのは、その前衛的すぎるプロモーションビデオ(PV)の存在だ。きらびやかな衣装をまとい、派手なメイク(化粧)を施した二人の男が、カメラの前で濃厚に唇を重ね合わせる。1980年代初頭の日本において、この「男同士のキスシーン」が与えたビジュアルショックは凄まじかった。グラムロックやニューウェーブの流れを汲んだ過激な演出は、テレビというメディアが内包していた「お堅い常識」やタブーを真っ向から打ち破る、最高にシュールで、最高にとんがったアートテロルであった。

しかし、この作品の本質は、単なる「ウケ狙いの過激なパフォーマンス」ではない。映像の端々には、社会に対して常に批評的な眼差しを向け続けていた二人による、強烈な社会風刺(アンチテーゼ)が二重三重に仕込まれていた。

その筆頭が、映像終盤にスタジオ内に大量の紙幣が乱舞するシーンである。実はこれ、演出用の偽札ではなくすべて本物の1万円札が使われていた。撮影後に数万円分が紛失していたという有名なオチまでついているが、この演出が意味したものは、まさにバブル前夜へと突き進みつつあった当時の日本における「拝金主義(マネーゲーム)」への痛烈な皮肉だ。大企業による巨額の商業主義(CMタイアップ)に確信犯として乗りながら、その象徴である大金を紙屑のようにばらまき、踏みつけながら踊る。これほどアナーキーで痛快なユーモアが他にあるだろうか。

さらに、二人が施した「化粧」と「キス」は、強固な「男らしさ」や「国家・権威」といったマッチョな男社会、そしてその先にある戦争への明確なカウンターでもあった。当時も今も、政治や軍事、社会のルールを動かすのはスーツを着た「メイクをしない男たち」だ。清志郎と坂本は、あえて自らの男性性を崩壊させるようなルージュを唇に引き、互いを求め合うことで、戦うことを美徳とする既存の価値観を完全に拒絶してみせた。彼らにとって、メイクとは非暴力で体制に抗うための「反戦の武装」だったのだ。

「綺麗に化粧をして、男同士でキスをして、お金をばらまいて笑う」

普通、これほど重いメッセージやアンチテーゼを込めようとすると、表現はお説教臭く、あるいはシリアスで暗いものになりがちだ。しかし、彼らはそれを「なんか面白いことやってまーす!」と言わんばかりの最高の笑顔と、極上のポップミュージックで包んで届けてしまった。この「ユーモアという牙」で既存のシステムをチクリと刺すセンスこそ、二人の天才にしか成し得なかったスタイリッシュな反逆(パンク)の形である。

体制側が怒ろうにも、画面の向こうでは二人のポップアイコンが楽しそうに歌い踊っているだけ。まともな反論すら許さないその軽やかさ。今なお色褪せないまばゆいほどのエネルギーと、底知れない批評性を秘めたこのPVは、日本のミュージックビデオ史に燦然と輝く、文字通りの大傑作である。

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