必殺シリーズにおける中村主水という人物は、作品によって微妙に立ち位置が異なる。
念仏の鉄や棺桶の錠と組んだ『必殺仕置人』では、主水は強烈な個性を持つ仕置人たちの一員という色彩が強い。
一方、後年の『必殺仕事人』になると、主水は誰もが認めるシリーズの中心人物となっていく。
では、その中間に位置する『必殺仕置屋稼業』(1975年)と『必殺仕業人』(1976年)ではどうだったのか。
私は、この二作品における中村主水は、明確な肩書こそないものの、実質的には「首領」に近いポジションだったと考えている。
「仕置屋」を立ち上げる中心人物 『必殺仕置屋稼業』では、裏稼業から足を洗っていた主水が再び闇の世界へ戻り、市松、印玄らとともに仕置屋を結成する。 もちろん、市松も印玄も主水の「部下」ではない。 とりわけ市松は典型的な一匹狼であり、主水に服従するような人物ではない。印玄もまた独立した仕置人である。
しかし、チーム全体を俯瞰すると、情報を集約し、仕事を組み立て、仕置きの方向を定める中心には主水がいる。 つまり主水は、命令を下す「上司」ではない。 むしろ、腕の立つアウトローたちを束ねる現場監督兼リーダーなのである。 ここが重要だと思う。
必殺シリーズの裏稼業は、侍社会のような主従関係ではない。基本的には金で仕事を請け負うプロフェッショナルの集合体である。 だからこそ、正式な首領という肩書がなくても、誰がチームの軸になっているのかは画面から自然に伝わってくる。
『仕置屋稼業』では、その人物が中村主水だった。 『仕業人』では、さらに鮮明になる そして、その傾向は『必殺仕業人』でさらに強くなる。
主水を中心として、赤井剣之介、灸屋又右衛門、捨三らが集まる。 ここでも剣之介や又右衛門は主水の部下ではない。むしろ又右衛門などは徹底した現実主義者であり、第1話から主水との間に緊張感のある関係を見せる。
だが、それでもチームの重心は主水にある。 特に象徴的なのが捨三だ。 『仕業人』の人物紹介では、捨三は「主水の忠実な右腕」とされている。 「右腕」が存在する以上、その左側に立つ中心人物が誰なのかは明白だろう。 主水は依頼人と殺し屋たちの間をつなぎ、情報を判断し、危険を引き受け、最終的には自ら刀を抜く。 剣之介にも又右衛門にも強烈な個性がある。
しかし、「仕業人チーム」という一つの集団として見たとき、その中心には常に中村主水がいる。 私はそこに『仕業人』独特の魅力を感じる。
だから『新・必殺仕置人』第8話はショックなのである その感覚で『新・必殺仕置人』(1977年)を見ると、第8話「裏切無用」は衝撃的だ。 ここでは、中村主水、念仏の鉄、巳代松は基本的に対等な仕置人仲間として存在している。 そして掟を破った主水に対し、鉄たちは容赦なく制裁を加える。
理屈は分かる。 『新・必殺仕置人』という作品の世界では、仕置人たちは「寅の会」という巨大な地下組織の掟の中にあり、中村主水だけが特別扱いされる理由はない。
分かる。 分かるのだが――。
『仕置屋稼業』『仕業人』の主水を見てきた者としては、 「ちょっと待て。主水は首領じゃなかったのか!」 と言いたくなるのである。 まして『仕業人』の捨三がその場にいたなら、 「お前ら、旦那になんてことするんだ! 獄門台に送られるぞ!」 くらい叫んで鉄たちに食ってかかっていたのではないか、とさえ想像してしまう。
「首領」という肩書のない首領 もちろん、『仕置屋稼業』『仕業人』の劇中で主水が正式に「首領」と呼ばれているわけではない。 だから厳密には、 「中村主水は首領だった」 と断定するより、 「首領的ポジションにいた」 と表現するのが最も正確だろう。 彼は仲間を支配しない。 命令もしない。
しかし、主水がいなければチームは成立しない。 情報、判断、交渉、仕置き。 それらの中心に主水がいる。 そして何より、癖の強い殺し屋たちが最終的に主水のところへ集まってくる。 それこそが中村主水という男の「首領性」だったのではないだろうか。
後年、中村主水は名実ともに「必殺シリーズの顔」になっていく。 その原型が完成したのは、あるいは『必殺仕置屋稼業』から『必殺仕業人』にかけての時期だったのかもしれない。
私にとって中村主水は、やはり特別な存在だ。
だから『新・必殺仕置人』で鉄たちに制裁される姿を見ると、今でも思う。 ――主水の旦那になんてことするんだ、と。

