書店の法律書コーナーに行けば、「行政法」と書かれた分厚いテキストが並び、大学の法学部でも選択科目として君臨している。しかし、驚くべきことに、私たちの国の法律の中に「行政法」という名前の法律は存在しない。六法全書をどれだけ熱心にめくってみても、そんなタイトルの条文はどこにも見当たらないのだ。
では、私たちが普段「行政法」と呼んでいるものの正体は一体何なのだろうか。
結論から言えば、それは「行政に関する無数の法律の『総称(グループ名)』」である。
なぜ1つの法律にまとめられないのか? 私たちの暮らしを思い浮かべてみてほしい。 ・道路を歩くときは「道路法」 ・レストランを開くときは「食品衛生法」 ・建物を建てるときは「建築基準法」 ・住民票を取るときは「住民基本台帳法」 ・そして、税金を納めるときは「所得税法」や「地方税法」。
このように、国や地方自治体(行政)が関わる分野は、医療、福祉、教育、環境、経済、警察など、あまりにも広大で多岐にわたる。これらをすべて「行政法」というたった1つの法律にまとめようとすれば、それは事典をも超える膨大な分量になり、社会の変化に合わせてスピーディに改正することも不可能になってしまう。
だからこそ、それぞれの分野ごとに、個別の法律が独立して作られているのである。その数はなんと数千件にものぼる。
資格名に潜む、おもしろい「ねじれ現象」 ここで、法律を扱うプロフェッショナルたちの資格(国家資格)に目を向けてみると、非常に面白い現象に気づく。
ちなみに、法律職国家資格で、試験科目が資格名に付いているのは、おそらく「行政書士」だけだろう(メイン科目の「行政法」)。
しかし、他を見渡してみるとどうだろうか。
・弁護士なら、「憲法・民法・刑法・行政法・会社法・民訴法・刑訴法」のどれも資格名に入っていない。 ・司法書士なら、「憲法・民法・刑法・会社法・不動産登記法・商業登記法」のどれも資格名に入っていない。
「法律そのものは存在しないのに、なぜか資格の名前にはバッチリ入っている」というのは、行政法という分野が持つ、ユニークで不思議な立ち位置を象徴している。
さて、「事業承継士®」としての私の業務、「事業承継」に潜む行政法、 実は、この「行政法」という目に見えない法律の存在は、昨今社会的な課題となっている「事業承継」の現場において、極めて重要な鍵を握っている。
会社や事業を次の世代に引き継ぐとき、単に「社長の椅子や自社株を譲れば終わり」というわけにはいかない。そこには必ず、国や自治体といった「行政」のルールが関わってくるからだ。
例えば、建設業や飲食業、旅館業、あるいは介護事業などのビジネスは、行政からの「営業許可」や「認可」「免許」があって初めて成り立つ。これを「許認可」と呼ぶ。
もし、事業を後継者に引き継ぐときに、 ・この許認可は自動的に承継できるのか? ・それとも、新しい後継者がもう一度最初から申請し直さなければならないのか? ・その申請に必要な手順や条件は何なのか?
これらを細かく定めているルールこそが、まさに数千もある個別の行政法(建設業法や食品衛生法、介護保険法など)なのである。
もし行政手続きのルールを一つ見落とせば、承継したその日から知らず知らずのうちに「無許可営業」になってしまうリスクすらある。事業承継をスムーズに進めるためには、会社の財務や税務だけでなく、「行政から得ているライセンスをどう安全に引き継ぐか」という、高度な行政法的センスが不可欠なのだ。
バラバラの法律を貫く「共通のルール」 では、なぜそれほど行政法という枠組みが重要視されるのか。「数千もある個別法をバラバラに学ぶしかないのか」というと、そうではない。
対象とする分野(道路、税金、福祉、許認可など)は違っても、国や自治体がルールを決めて、私たち市民や事業者に命令し、従わせるという「行政の仕組み」の根本はどれも共通している。
そのため、すべての個別法に共通する「基本原則」や「共通のプラットフォーム」となる法律がしっかり用意されている。
・行政手続法:行政が私たちにペナルティ(処分)を下したり、事業の許認可を出したりするときの「公平な事前プロセス」を定めたルール。 ・行政不服審査法:行政の処分に納得がいかないとき、まずは行政機関に対して「これはおかしいから、もう一度見直してくれ」と簡易・迅速に申し立てるためのルール。 ・行政事件訴訟法:行政の行き過ぎた処分に対し、独立した「裁判所」に訴えて、その処分の取り消しなどを求めるための厳格な裁判のルール。
学問としての「行政法」は、これら共通のルールや考え方を整理し、体系化したものなのだ。
法律がないからこそ、私たちが監視する 「行政法」という名前の法律がないということは、行政の活動を縛るルールが、目に見えにくい無数の法律に分散していることを意味する。
行政は、私たちから集めた税金を使い、私たちの生活やビジネスを便利にするために動く「公僕」である。しかし、時にその強大な権力が暴走し、私たちの権利を脅かすこともある。だからこそ私たちは、「行政法」という網の目のように張り巡らされたルール全体を俯瞰し、「国や自治体が、本当にフェアなルール(法律)に基づいて動いているか」を常に監視し続けなければならない。
「行政法という名前、そのものの法律自体はない」。この事実は、私たちが暮らす社会や日々のビジネスが、いかに多くの細やかなルールによって支えられ、また私たちがその救済システム(手続・不服審査・訴訟)をどう使いこなすべきかを教えてくれる、民主主義の原点なのである。

