極限状態の勝負

コラム

ボクシング元世界王者・鬼塚勝也氏が、かつて世界を制する直前に残した、今も深く胸に突き刺さっている言葉がある。

「怖い、本当に怖い。試合をするのが、ボクシングをするのが。試合に勝てば勝つほど、ボクシングを知れば知るほど、その恐怖は大きくなってきた」

格闘家といえば、圧倒的な自信の塊であり、常に己を強く見せる生き物だという先入観が僕にはあった。だからこそ、彼の口から漏れた「怖い」という告白に、当時は激しい衝撃を受けた。

だが、この「恐怖」は決して敵前逃亡のそれではない。 絶対に勝つために、我が身を極限まで律し、1ミリの油断も排して慎重に相手と対峙する――。それほどの覚悟が裏返った、崇高な恐怖なのだと僕は解釈している。

思えば、歴代の日本人ボクサーの中で、僕は鬼塚勝也というファイターが一番好きだった。

TBSのボクシング中継。ガンマ・レイのヘビーなテーマ曲が鳴り響いた後、画面に彼の姿が映し出される。 黒いガウンを深く羽織り、フードの奥から獲物を射抜くような、鋭く、飢えた眼光。襟足を少し長めに残した、ワイルドでストイックな佇まい。そのビジュアルだけで、テレビの前の空気は一瞬でピリピリと張り詰めた。

彼のボクシングの本質は、一撃必殺の派手さにはない。 目にも留らぬ高速のワン・ツーと、緻密に計算されたディフェンスの技術。序盤から強引に飛ばすのではなく、試合が後半に差し掛かってから、文字通り「ギア」を上げる。 じわじわと手数を増やし、確実にポイントを削り取っていくスタイル。彼の試合はいつも危なっかしく、観ているこちらが息を呑むような、文字通りの「極限状態」の連続だった。その裏には、狂気すら感じるほどの圧倒的な練習量があったという。

今、YouTubeで当時の彼のファイトを改めて観ていて、ふと思った。 「極限状態の勝負」という言葉は、まさに鬼塚勝也という、孤独でストイックなチャンピオンのために用意されたものではなかったか、と。

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