人はいつの間にかその役割を終えていることがある――老いや実力の限界を感じたら早めの世代交代を――

コラム

「まだやれる」「自分がいなければこの組織は回らない」――第一線で長くタクトを振ってきた者ほど、その自負と責任感から、自らの引き際を曇らせてしまう。現役という甘美な響きにしがみつき、気づけば周囲から疎まれ、かつての輝きを自ら汚してしまう姿は、見ていて実にあわれで哀切なものだ。

サマセット・モームの『剃刀の刃』に登場するエリオット・テンプルトンが、時代の移り変わりに取り残され、最期まで華やかな社交界の「招待状」という過去の栄光に生死を振り回されたように、人が「第一線から外される恐怖」に怯え、私心や保身に狂う姿はいつの時代も滑稽なものである。

しかし、将棋の盤面を見つめれば分かるように、どんなに強い棋士であっても、時代の流れとともに次世代の新しい感覚や鋭い一手に圧倒される瞬間は必ず訪れる。実力の限界や老いを自覚したとき、それを「敗北」と捉えるか、あるいは「次のステージへの優雅なコースアウト」と捉えるかで、その後の人生の景色は180度変わる。

主役の座は、必ず次の世代へと引き継がれていくのが世の理(ことわり)である。

本当の知恵とは、いつまでもスポットライトの中心に居座り続けることではない。自分の役割がいつの間にか終わっているかもしれないという客観的な視点を持ち、美しい調和(全体最適)のために自ら一歩退くことだ。そして、他人の目を気にせず、ただ自分のためだけに淹れるお茶の美味しさを静かに楽しめる「自由」を手に入れることではないだろうか。

自らの限界を愛し、次世代へ美しく未来を繋ぐこと。それこそが、第一線を走り抜いたリーダーに許された、最もエレガントな最後の生存戦略なのである。

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