「好きなことを仕事にできて幸せですね」
世間ではそう言われる。趣味を生業にできた人間は、時には羨望の眼差しを向けられる。しかし、当事者からすれば、これほど無邪気な誤解もない。結論から言えば、趣味を仕事にした瞬間、それはもはや純粋な趣味ではなくなるのだ。
僕は28年前、将棋クラブを開設した。当時は若さも手伝って理想に燃えていたが、待っていたのは過酷な現実だった。慣れない接客と対局過多のため、体内にはかなりの疲労とストレスが溜まっていった。過剰なまでの「お客様目線」に縛られ、無理な要望にもなかなかNOと言えない状態に陥っていたのである。もともと身長182cmに対して64kgと痩せ型だった体重は、心身を削られた結果、なんと57kgまで激減してしまった。
開設から数ヶ月が経ち、大人のお客様が増えてきた頃のことだ。ある年配の常連客が、誰かに僕のことをこう漏らしていたのを耳にした。
「先生はお疲れのようで、最近笑顔が少なくなった。体調でもお悪いのでしょうか?」
もちろん、その方は心から僕の身を案じて言ってくださったのであり、大変有り難い話である。だが同時に、「他人の目から見ても明らかなほど、自分は追い詰められているのか」と戦慄した。これはかなり重症だ、と自覚せざるを得なかったのだ。
盤の前に座るだけで胃が縮み、駒音すら重荷に感じる。あれほど愛した将棋が、一時期は心底嫌いになった。気晴らしのつもりで足を運んだ囲碁クラブでさえ、あの独特の静寂と盤上の空気に触れた瞬間、脳が勝手に道場の運営目線に切り替わってしまい、同業者の視察に来たような居心地の悪さで全くリラックスできなかったほどだ。
ある時、自分自身の心身を守るため、大きな決断を下した。大人部門をきっぱりと廃止し、こども部門だけに絞ったのだ。さらに自らの対局はほとんど手放し、アドバイスや手直し、詰将棋・戦法指導を中心とする指導スタイルへと舵を切った。
業務の棚卸しをして息を吹き返したとはいえ、教育の現場にはまた別の難題が立ちはだかる。今でも、来たり来なかったりする中途半端な生徒の処遇には頭を悩ませている最中だ。緊張感のない生徒が混じることで、教室全体の引き締まった空気が緩んでしまう懸念は常につきまとう。
かといって、あまり厳しくし過ぎれば、不用意な言葉でこどもの心を傷つけかねない。
この匙加減は、本当に難しい。趣味を仕事にして28年が経った今も、僕はその答えを探し続けている。

