「必殺仕業人」の「灸屋又右衛門」は、ピカレスク・ロマンの体現者か?

コラム

必殺シリーズ第7作『必殺仕業人』(1976年)。歴代シリーズのなかでも際立って陰影の濃い本作において、異彩を放つ男がいる。大出俊が演じた鍼灸師、灸屋又右衛門(やいとや又右衛門)だ。初期仕置人シリーズの系譜に連なるキャラクターの中でも、個人的に深く惹かれる存在であり、演じた大出俊にとってまさにハマり役だった。

常識人の仮面とプロの冷徹さ 又右衛門の人物像は一見するとアンビバレントである。

  • 徹底した現実主義と金銭感覚: 金銭感覚には極めてシビアで、病的なほど迷信深く縁起を担ぐ一面を持つ。当初は主水に対しても丁重な言葉遣いで接するなど、市井の人間として極めて常識的な立ち居振る舞いを崩さない。
  • ドライなプロの対峙: 第1話「あんた この世をどう思う」で、お尋ね者の赤井剣之介を仲間に加えるリスクに異を唱えた際、中村主水から「俺だっておめぇのことは端から信じちゃいねぇや」と言い捨てられる。互いに背中を預けながらも毛頭信用していないという、プロの暗殺者同士の張り詰めた緊張感が漂う。
  • 仕置きに見せる冷酷な眼光: 表向きの穏やかさとは裏腹に、仕置きのシーンでの彼の眼光の鋭さにはゾクっとする怖さがある。焼き針をおでこに突き刺して相手がピクピクと痙攣する凄惨な描写は、コンプライアンスが厳しくなった現在では民放地上波での放送が難しいほどの残酷さと鬼気迫るリアリティを放っていた。

悪漢の生々しさと、漂う絆の余韻 彼を「悪漢小説(ピカレスク・ロマン)」の体現者たらしめているのは、英雄性を排した人間臭さだ。

腕力勝負には滅法弱く、最終回では自身が捨てた凶のおみくじから足がついてチーム崩壊の引き金となり、仲間を破滅の危機に陥れながらもしぶとく江戸を去る。美学を語らず濁世をずる賢く泳ぐ姿はピカレスクそのものだ。

しかし、一見すると冷徹そのものに見えた又右衛門だが、主水を首領とするこの仕業人チームも、物語の最後のほうには確かな結束が生まれていた気もしてならない。非情な殺し屋のリアリズムと、その奥底に滲む人間臭い業。灸屋又右衛門という男は、時代劇の枠を超えて人間の本質を突きつける、ピカレスク・ロマンの傑作である。

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