カジノの歴史――社交界の隠れ家から国家を揺るがす巨大産業へ

コラム

カジノ(Casino)という言葉の響きには、どこか抗いがたい華やかさと、背中合わせの危うさが漂う。その語源は、イタリア語で「家」を意味する「casa」に愛称縮小辞がついた「小さな家」である。もともとは17〜18世紀のヨーロッパにおいて、貴族たちが本邸から離れて音楽会や舞踏会、あるいは人目を忍んだ密談に興じる「別荘の離れ」を指していた。

近代的な公営カジノの起源は、1638年のヴェネツィアに遡る。街中にはびこる無秩序な闇賭博を取り締まり、国庫の財源を確保するために開かれた「イル・リドット」。これこそが、行政が賭場を公認・管理するという現代カジノビジネスの原型であった。フランス革命やナポレオンの時代を経て、都市部の賭場が厳しく規制されると、富裕層は温泉地や保養地へと流れる。モナコ公国が国家の財政難を救うためにモンテカルロに築いた白亜の殿堂は、上流階級の社交場としてのカジノ文化を決定づけた。

映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドがタキシードを纏い、マティーニを片手にバカラの卓につく姿は、まさにこのヨーロッパ貴族文化の美学そのものである。原作者イアン・フレミングが「カジノ・ロワイヤル」を着想したポルトガルのエストリルは、第二次世界大戦下のスパイと亡命貴族が交錯した社交場であった。

やがて20世紀に入ると、舞台は大西洋を越えてアメリカの荒野へと移る。大恐慌直後の1931年、ネバダ州による合法化を機に、砂漠のオアシスだったラスベガスが急成長を遂げた。当初はマフィアによる裏社会の資金洗浄場という影を帯びていたものの、州による厳格なライセンス管理と巨大資本の参入により、ショーやリゾートを融合させた大衆エンターテインメントの街へと脱皮する。「007 ダイヤモンドは永遠に」でボンドが賑やかなクラップス(サイコロ)に興じた光景は、大衆化へと舵を切ったアメリカン・カジノの活気そのものであった。

21世紀を迎えると、その重心はアジアへと一気にシフトする。2001年の外資開放を経てラスベガスを凌駕したマカオ、そしてMICEや高級ホテルを一体化させたシンガポールの統合型リゾート(IR)。「007 スカイフォール」で描かれた妖艶な水上カジノのように、現代のカジノは国家規模の観光インバウンド戦略と先端ビジネスが交差する、巨大な経済エンジンへと進化を遂げたのである。

静かな別荘のサロンから、巨大な複合都市へ。時代とともに姿を変えながらも、カードが配られルーレットが回る一瞬に人が抱く高揚感は、今も昔も少しも変わっていない。

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