若きミッキー・ロークの格好良さが炸裂した、映画「死にゆく者への祈り」(1987年)

コラム

1980年代半ば、映画界の空気は確実にミッキー・ロークの気だるい吐息で満ちていた。『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』の傲慢なまでの色気、『ナインハーフ』の冷徹な優雅さ、そして『エンゼル・ハート』の湿り気を帯びた退廃美。だが、彼のキャリアにおいて「孤独と哀愁」がもっとも純度の高い結晶となった一本を挙げるなら、1987年公開のマイク・ホッジス監督作『死にゆく者への祈り』をおいて他にない。

当時の日本版ポスターに刻まれたキャッチコピー、「やさしさが邪魔をする」。この一言が、本作におけるロークの魅力のすべてを物語っている。

彼が演じたのは、IRA(アイルランド共和軍)の凄腕テロリスト、マーティン・ファロン。スクールバスを誤爆し、無垢な子供たちの命を奪ってしまった深い自責の念から組織を脱退し、ロンドンの街へと逃れてきた男だ。

画面に現れるロークの佇まいは、それだけで観る者を圧倒する。額に手を当てて苦悩を噛み締める陰影深い横顔、ラフに流したブロンドの長髪、そして無骨な黒のコートの裾を翻して雨に濡れた街を歩くシルエット。マッチを擦ってタバコに火を点ける、その何気ない指先の仕草ひとつにすら、死の匂いをまとった男の凄絶な色香が宿る。

本作の白眉は、暴力の冷徹さと背中合わせに置かれた、あまりにも痛々しい「優しさ」の描写だ。過去を清算するために引き受けた最後の暗殺。その現場を偶然目撃した神父(ボブ・ホスキンス)を消すことができず、ファロンは懺悔室の格子越しに自らの罪を告白する。「告解の秘密」によって神父の口を封じるという歪んだ策でありながら、そこには神の救済を渇望する魂の叫びが滲んでいた。

さらに、教会で出会う盲目の女性アンナの前で見せる表情。頑なに閉ざしていた暗殺者の顔が、ピアノの旋律とともにふっと緩み、壊れそうな少年のように柔らかな光を帯びる。その危うい落差こそ、全盛期のミッキー・ロークにしか体現できない奇跡的なバランスだった。

十字架が林立する墓地を歩く姿から、壮絶なラストシーンに至るまで、彼がスクリーンに刻みつけたのは単なるアクションヒーローの格好良さではない。背負った業の深さに押し潰されながら、それでも人間としての温もりを捨てきれずに散っていく男の、究極のハードボイルド・ロマンチシズムである。

甘さと翳り、暴力と祈り。若きミッキー・ロークの類まれな美形と天性の色気が、静かな炎のように燃え盛った伝説の傑作だ。

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