ふらりと暖簾をくぐり、パチリと駒や石の乾いた音に耳を澄ませる。盤上遊戯の愛好家にとって、道場や碁会所は古くから日常の止まり木のような社交場であった。
そこで必ず支払うのが「席料(せきりょう)」である。しかし時折、ビギナーや久しぶりに現場へ足を運んだ方から、こんな疑問が投げかけられることがある。
「席料を払っているのだから、店主や強い常連に教えてもらえる(指導料が含まれている)のではないか?」
結論から言えば、原則として席料の中に指導料は含まれない。
では、そもそも私たちが支払っている「席料」とは何なのか。昭和から現代に至る構造変化とビジネスモデルの変遷から、その実態を掘り下げてみたい。
- そもそも「席料」とは何の対価か
「席料」の本質は、サービス業で言えば「入場料」兼「設備利用料」である。
・空間と盤駒・碁石の提供:盤、駒、碁石、対局時計、そして空調の効いた空間の維持費。 ・手合いづけ(マッチング)の手数料:席主が来場者の棋力を見極め、バランスの取れた相手と対局を組むサービス。
カラオケの室料やコワーキングスペースの利用料と同様に、「その場に滞在し、設備を使って同好の士と遊ぶ権利」を買うものが席料である。
一方で「指導料」とは、プロ棋士や公認指導員、あるいは席主が自らの技術・知見・時間を特定の相手に提供し、指南や感想戦を行う専門レッスンへの対価である。空間を買う入場料と、専門技能を買う指導料は、対価の性質がまったく異なる。
- 「昭和の薄利多売モデル」が生んだ甘やかな誤解
それにもかかわらず混同されがちな背景には、かつての原風景がある。
昭和時代には町の将棋道場や碁会所は繁盛していたものである。朝から晩まで愛好家が詰めかけ、煙草の煙と熱気の中で盤を挟んでいた。昭和時代の回転率が高い頃なら薄利多売でいけたのである。数十人の客が入れ替わり立ち替わり訪れ、入場料としての席料、番茶、出前、タバコ代が積み重なることで、空間そのものが自走していた。
当時の席主や世話役の強豪は、手が空けば初心者の相手をし、「ここはこう指すんや」と助言をくれた。しかし、これは商取引として席料に含まれていたのではなく、客数に余裕があった時代の個人的な好意やおまけのサービスに過ぎなかったのである。
- 指導料を文化として確立していた囲碁界
この点、囲碁と将棋では歴史的な土壌が大きく異なっていた。
碁会所も減ったが、囲碁のほうは将棋に比べて席料とは別に指導料を出す文化・習慣があったのが大きな特徴である。
・置き碁(ハンディ戦)の成立:盤上の石を間引かず、星目に置くだけでプロ(九段)とアマチュアの真剣勝負が成り立つ囲碁では、「先生に指導碁を打ってもらうこと」自体が古くからの正統な嗜みであった。 ・旦那衆のサロン文化:プロ棋士の頭数が多い囲碁界では、棋士が街の碁会所へ師範として出稽古に赴き、愛好家や財界人が相応の「指導料」を包んで教えを乞うパトロン文化が早くから定着していた。
対する将棋界は、駒落ちに対する好悪もあり、「道場でアマ同士が平手で腕を競い合う」のが主流であった。将棋界において指導対局チケットや教室ビジネスといった「指導料の可視化」が進んだのは、比較的近年のことである。
- 薄利多売の崩壊と、都市部道場の退場
時代は平成から令和へ移り、昭和の前提は完全に崩れ去った。
インターネット将棋の普及と(観る将は増えても)指す将の減少により、わざわざ街の道場へ足を運んで盤を挟む大人の絶対数が激減した。ネットを開けば秒単位で全国の同棋力と対戦できる現代において、「手合いづけのためだけに入場料を払う」動機は薄れている。
ここで直面するのが、都市部における過酷な採算性である。 大人1人が半日あるいは1日過ごして席料1000円ではお店側の利益は低いのが現実である。客の回転が止まり、家賃を払っていくとすれば採算が取れない構造に陥った。
その結果として、かつて「将棋どころ」を誇った大阪市内の将棋道場はほぼ廃業に追い込まれ、昔ながらの常設道場は中心部から姿を消すこととなった。
結びに代えて
席料は「同じ愛好家同士が盤を挟むための入場料」であり、指導料は「先達の技芸と時間を授かるための授業料」である。
客数で押し切る薄利多売の時代が終わりを迎えた今、空間への対価(席料)と、技術指導への対価(指導料)を峻別することは、冷たい割り切りではない。指導者の知見を尊重し、伝統文化を次の世代へ持続可能な形で受け継いでいくための、必然の成熟と言えるのではないだろうか。

