今更ながら、自分に合っていた職業は「刑事」だっただろう

コラム

ふと人生の来し方を振り返り、もし別の道を歩んでいたらと考えたとき、真っ先に脳裏に浮かぶ職業がある。

「刑事」だ。

子どもの頃、テレビ画面に釘付けになって観ていたのは、昭和の骨太な刑事ドラマの数々だった。『Gメン’75』の非情な国際犯罪と滑走路の哀愁、『特捜最前線』が抉り出す人間の業と社会の歪み、そして『太陽にほえろ!』の泥臭い聞き込みと取調室の心理戦。本を開けば、松本清張の冷徹な社会派リアリズム、横溝正史が描くおどろおどろしい因習と系図の謎、夏樹静子の緻密な供述の綻びに夢中になった。

単なる活劇好き、パズル好きではない。背後にある「国家の法と秩序」、そしてその網の目に絡め取られる「人間の弱さと矛盾」のドラマに、幼い頃から惹きつけられていたのだと思う。

それを裏付けるように、昔から「人の顔と名前をなかなか忘れない」という特異な記憶力がある。街ですれ違っただけの人物、何年も前に一度名刺を交わしただけの相手の顔立ちや名前が、頭の中の台帳に鮮明に残り続ける。警察組織でいえば、何百人もの指名手配犯の顔を脳裏に焼き付け、メガターミナルの雑踏から一瞬で見つけ出す「見当たり捜査官」のような性分だ(もっとも、最近は残念ながら、加齢によりその記憶力も落ちてきたが…)。

そんな私が行政書士試験に合格し、実務として志しているのが「入管法務」である。

戦前の出入国・外国人管理が、あの内務省警保局(外事警察)の直轄であった歴史を思えば、この選択は自分の中で完璧な一本の線でつながっている。私のアンテナが猛烈に反応するのは、行政書士業務の埒外かもしれないが、切迫した現場の論理——不法就労助長罪の成否を巡る過失の立証責任や、入国警備官が請求し主任審査官が発付する「収容令書」を巡る攻防、退去強制手続の瀬戸際で繰り広げられる在留特別許可のドラマである。

入管手続きは、書面の向こう側にいる生身の人間の真実を見抜く仕事だ。偽装や虚偽を見抜く嗅覚、複雑怪奇な親族関係の綻びを突く論理、そして依頼人が隠している過去を解きほぐす洞察力。

刑事にはならなかった。しかし、これから立つかもしれない入管法務という現場は、国家権力の裁量と個人の人生が激しく交錯する、まさに現代の「捜査本部」のような場所だ。昭和の刑事たちから受け取った執念と現場主義を胸に、書類の向こうにある真実と対峙していきたい。

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