カレンダーが9月末を指すたび、私は今でもあの張り詰めた空気と、眼の奥に残る鈍い熱を思い出す。2年前の秋、私は文字通りの「修羅場」の渦中にいた。
1997年の旧司法試験への挑戦から、実に27年の歳月が流れていた。四半世紀以上を経て再び法律職国家資格を目指し、行政書士試験への挑戦を決意したのが2024年の初夏。本格的に机に向かい始めたのは6月のことだった。民法の大改正をはじめ、27年分の法改正と判例のアップデートを頭に叩き込むだけでも、残された時間はあまりに短く、実質4か月という超短期決戦の幕開けだった。
しかし、本当の試練は勉強量の多さだけではなかった。私の身体が、まるで毎月試すかのように悲鳴を上げ始めたのだ。
7月末、激しい風邪に倒れ、貴重な学習計画に最初の狂いが生じた。焦りを抱えながら迎えた8月末には、追い打ちをかけるように気管支炎を発症。夜通し続く咳に体力を削り取られ、朦朧とする意識の中でテキストを開く日々が続いた。
そして、直前期の天王山となる9月末。最大の危機が訪れる。
「網膜裂孔」だった。
活字を追い、一問でも多く過去問や模試を回さなければならない直前期に、視界の異常を告げられたときの衝撃は今でも忘れられない。緊急で受けた2度のレーザー治療。剥離への恐怖と眼の痛みに耐えながらも、視界には無数の黒い影がちらつく飛蚊症が居座り続けた。
文字を読むこと自体が、物理的な苦痛を伴う戦いとなった。模試の問題用紙を開いても、視界のノイズが法令の条文を遮る。それでも、ここでペンを置くという選択肢は頭になかった。54歳という年齢、27年ぶりの挑戦、そして満身創痍の身体。「絶対に引き下がらない」という執念だけが、私を机に縛り付けていた。
迎えた本試験、視界の霞む中で問題冊子にかじりつき、記述式の一文字一文字を命を削るように埋めた。
年が明けた2025年1月末、合格発表の画面に自分の番号を見つけた瞬間、胸を突いたのは歓喜の叫びではなかった。ただ深く、長く息を吐き出し、「……助かった、終わった」という圧倒的な安堵感、ホッとした思いが全身を満たした。
あれから時が経ち、振り返る今、胸中にあるのは純粋な「達成感」だ。
人生の後半戦で訪れた、あの満身創痍の4か月間。度重なる病魔も、眼の危機も、すべてを乗り越えて掴み取った結果は、自分には珍しい出来事となっている。

