ぶっちゃけ、映画「氷の微笑」の真犯人って誰よ? 〜1992年、ミステリー映画で「ツイン・ピークス」と双璧をなす超話題作〜

コラム

1992年、世界中を席巻したミステリーの二大潮流といえば、デヴィッド・リンチが仕掛けた不気味な迷宮『ツイン・ピークス』(「世界で一番美しい死体、ローラ・パーマーを殺したのは誰か?」)と、ポール・バーホーベン監督による映画『氷の微笑』(原題:Basic Instinct)だろう

当時、映画館やビデオ屋に走った男たち、そしてサスペンス好きの誰もが喉元まで出かかっていた疑問がある。

「で、ぶっちゃけ真犯人は誰やったん?」

今回は、この映画史に残る「完全犯罪か、それとも冤罪か」という巧妙な罠を、大人の視点から紐解いてみたい。

■ 世間を惑わせた「あの足組み」の魔力

『氷の微笑』を語る際、どうしても避けて通れないのが、取調室におけるシャロン・ストーンの“あのシーン”だ。 白のタートルネックに身を包んだ妖艶な作家キャサリン・トラメルが、刑事たちの前で煙草を燻らせながら、ゆっくりと足を組み替える

あの数秒のカットによって、世界中の男性陣はおろか、スクリーンの前の観客全員の推理力と理性がきれいに麻痺させられた。 だが、これこそがポール・バーホーベン監督と脚本家ジョー・エスターハスが仕掛けた「最大の目くらまし」だったのである

観客の関心が「彼女の身体」に釘付けになっている裏で、物語は極めて冷徹かつ緻密な法廷・心理サスペンスのパズルを走らせていた

■ 警察が下した「公式の結論」――ベス真犯人説

物語終盤、マイケル・ダグラス演じる刑事ニック・カランは、相棒ガスを刺殺された直後のエレベーター前で、元恋人であり精神科医のベス・ガーナーを咄嗟に射殺してしまう

その後の警察の捜査により、ベスの部屋からは以下のような決定的な証拠品が押収される

  • キャサリンに関する膨大な新聞の切り抜きやスクラップ
  • 小説の未発表原稿
  • 事件を模倣した記録

警察組織としては、これ以上ないほど綺麗に筋が通る。「大学時代からキャサリンに病的な執着を抱いていたベスが、彼女を陥れるために小説を模倣した連続殺人を実行した」。 この結論によって、容疑者だったキャサリンは晴れて無罪放免となる

だが、観客の胸にはどうしようもない違和感が残る。

撃たれた瞬間、ベスがコートのポケットから出そうとしていたのは拳銃ではなく、ただの「キーホルダー」だったのだから。

■ ラスト数秒の衝撃――キャサリン真犯人説

そして迎える、あまりにも有名なラストシーン。 疑いが晴れたキャサリンとニックは、ベッドの上で激しく愛を交わす。ニックは完全に骨抜きになり、「これからは二人で幸せに暮らそう」と笑う

二人が抱き合う中、カメラはゆっくりとベッドの下を映し出す。 そこにあったのは――あの凶器とまったく同じ、一本のアイスピック

暗転。エンドロール。 観客はここで「やっぱりキャサリンが犯人だったのか!」と戦慄することになる

彼女の計算はこうだ。 「自分の小説通りの手口で人を殺せば、第一容疑者になる自分は『そんなバカなことをするはずがない』と逆に起訴されない」。 最初から警察も、元愛人のロックスターも、情緒不安定な刑事ニックも、そして哀れなベスさえも、すべて彼女が書いた筋書き通りに動かされた操り人形に過ぎなかったという解釈である

■ だが、本当にそう言い切れるのか?

ここで立ち止まって考えてみたい。

あのベッドの下のアイスピックは、本当に「犯行の証拠」なのだろうか?

  • 護身用という可能性:ニックはかつて誤認射殺をやらかし、内務課の捜査官とも殴り合いをし、最終的にはベスを射殺してしまうような極めて危険で情緒不安定な男だ。そんな男を自宅のベッドに引き入れる際、用心深い彼女が「いざというときの護身用」としてベッドの下に武器を忍ばせていたとしても、何の不思議もない。
  • 証拠の捏造?:ベスの部屋にあった証拠品はキャサリンが事前に仕込んだ罠だったのか、それとも本当にベスが収集していたものだったのか? 決定的な現場を目撃した者は誰一人としていない。

実は、制作陣の間でも解釈が割れている。

  • ポール・バーホーベン監督:「犯人はキャサリンだとして演出した」
  • ジョー・エスターハス(脚本):「観客が最後までどちらとも断定できないよう、意図的に曖昧さを残して書いた」

ベッドの中で、キャサリンは一瞬だけベッドの下へ手を伸ばそうとし、躊躇してそれをやめ、再びニックを抱きしめる。

彼女はあの瞬間、ニックを殺そうとしたのか? それとも、本気で彼に惹かれてしまったのか?

■ 結び:暴かれることのない「人間の本能」

原題の『Basic Instinct』とは、直訳すれば「基本的人格」あるいは「動物的本能」だ。 理性や捜査ロジックをどれほど積み上げても、人は欲望、恐怖、そして性的な引力の前ではあまりにも無力で、簡単に真実を見失ってしまう

「キャサリンが完全犯罪を成し遂げた悪魔だったのか」

「それとも、すべては彼女の掌の上と見せかけた、哀しい男女の疑心暗鬼だったのか」

白黒ハッキリつけないからこそ、30年以上経った今も色褪せない。

真実の輪郭をあえて闇の中に沈めてみせる――それこそが、90年代初頭のサスペンス映画が持っていた、途方もなく贅沢な色気だったのではないだろうか。

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